スクールブログ

『Tennis』ヒストリア vol.15
カテゴリ:スクールトピックス | 2019.03.06

1985年、ボリス・ベッカー(ドイツ)は17才7ヵ月でウィンブルドンを取った。
これは、史上最年少記録となっている。
1991年頃までを中心に全英3回、全豪2回、全米1回を取っている。
ベッカーは、軽く時速200キロを超えるサーブをセカンドもお構い無しに叩き込んでくる。
90年代の「ビッグサーバー」時代の先駆けとなり、テニス界にフィジカルテニスを持ち込んだ。
そしてベッカーと言えば、ネットでのダイビングボレーが代名詞とも言えるだろう。
ウィンブルドンでは頻繁にやっていたので、浜松の男子もマネしてみたが、ハードコートでは痛いし、怪我しそうになる。

1991年には、ドイツのミヒャエル・シュティヒが、ウィンブルドンを取っている。
その頃、ドイツはデ杯も'88、'89、'93と優勝しているのだ。

そして、女子ではドイツのシュテフィ・グラフが、'87から'99までグランドスラムを取っている。
優勝回数は歴代3位の22回、世界ランキング1位の通算在位記録は377週で男女を通じて歴代1位となる。(ナブラチロワ330週、フェデラー310週)

また、日本の伊達公子選手は世界の4位まで登りつめたが、その時のトップが、グラフ、サンチェス、サバティーニ、という選手たちだ。
伊達選手は19才でプロに転向し、25才で4位になったと思ったら、26才で引退した。
グラフ達と戦った時、そこに壁を感じたのかもしれない。
しかし、1996年、伊達選手はフェデレーションカップ1回戦でドイツのグラフを破り、日本をベスト4にまで導いている。
 IMG_0269.jpg

追伸
1985年、大正セントラル目白には、月曜日13:00〜16:00にマスターズクラスがあり直江校長が担当していた。
そのクラスは生徒さん以外に、目白専属コーチ、学生アルバイトコーチが入り、コーチと生徒さんの割合は6対4ぐらいだ。
ある時、直江校長はベッカーのサーブをみんなにやらせた。インパクトで肘を止め、プロネーション(回内)を強く行い、フィニッシュは肘が頭の上に残るのだ。(レンドル、サンプラスも同様)
さんざんやらせた後、直江校長は言った。
「あんまりやると肘が痛くなるけどな。」
浜松の男子はすでに痛くなりかけていた!!

直江校長もさんざんやって痛くなったのだろう。

つづく
サンプラのひきさん

TACサンプラザスポーツスペーステニススクール

http://www.tennisuniverse.co.jp/school/nakano/

Page TOP