スクールブログ

『Tennis』ヒストリア vol.10
カテゴリ:スクールトピックス | 2018.12.25

1970年代中盤からは、アメリカとスウェーデンの時代と言ってもいいだろう。
1974年は、アメリカのジミー・コナーズが全英・全米・全豪のグランドスラムのタイトルを取っている。

コナーズといえば、当時、男子では珍しいダブルバックハンドだ。
サウスポーでフットワークが細かく回転が速かったが、最も印象的だったのはウィルソンのT2000というラケットである。
ウッドのラケットしかないような時代にT2000はスチール(鉄)だったのだ。
女子テニスでも1960年から1970年代中盤までの代表的なチャンピオン、オーストラリアの
マーガレット・スミス、イボンヌ・グーラゴング、アメリカのビリー・ジーン・キングは、
シングルバックハンドであった。
1975年、クリスエバート(アメリカ)が、ダブルバックハンドの選手で世界No. 1となり、その頃からダブルバックハンドが増えていく。

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追伸
浜松の男子はテニス部を引退した時、後輩に
テニスコーチのバイトをしませんか、と言われた。後輩は初心者でテニス部に入って来たのだが、当時ユニバースの本拠地であったつくし野テニスクラブでテニスを教わっていた。
1980年、ユニバースが大正セントラル目白をスタートするにあたりコーチが必要だったようで、直江校長の面接、試験を受ける事となった。

サンプラのひきさん

TACサンプラザスポーツスペーステニススクール

http://www.tennisuniverse.co.jp/school/nakano/

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