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スクールブログ

『Tennis』ヒストリア ボルグ・マッケンロー     特別編
カテゴリ:スクールトピックス | 2018.08.29

1980年、世界ナンバー1は、ビヨン・ボルグが3回、ジョン・マッケンローが2回と1年で5回も入れ替わった。
そしてこの年、ボルグが5連覇をかけていた
ウィンブルドンの決勝の相手は予想どおりマッケンローだ。
浜松の男子は22才になっていたが、マッケンローの強烈なファンで今年は間違いなくマッケンローが勝つと思っていた。
この二人は、最近の世界ナンバー1選手と比べると、もの凄く個性的だった。
ボルグはスラッと背が高く、金髪のロングヘアにバンダナ、フィラのウェアをまとったスエーデンの美男子だ。
マッケンローは若干ボチャとして、クルクルパーマでセミロング?、タッキーニのウェアを着たアメリカンヤンチャボーイ?
プレイスタイルと言えば、ボルグは無表情で一言も声を出さない、リターン&パッシングショットプレイヤー。
フォアはオープンスタンスでトップスピン、バックはダブルハンドトップスピンで一つのことだけやるタイプだ。
マッケンローは喜怒哀楽をストレートに出してよく大声で怒る、サーブ&ネットプレイヤー。

サウスポーでとんでもなく曲がるスライスサーブ、フォアはフラット、バックはトップスピンとスライス、フォアボレーはラケットを立てずにボールを最後まで見ないで打ち、ローボレーは膝を曲げずにジャンプして打つなど、七色のショットを放つ天才型プレイヤーだ。

さて、この年はちょうど、テニスユニバースが設立された年となるが、まわりを見渡すと関東学生のテニスではほとんどがフラットで、明治の佐山選手をはじめ数人しかトップスピンを打つ選手はいなかった。
民間のテニススクールでも、まだトップスピンが、出はじめた頃だった。
浜松の男子がアルバイトコーチをしようと初めて校長に会った時、グリップはウエスタンに、スタンスはオープンに、スイングはトップスピンに変えられた。
それは今まで習ってきた事と180度違っていて、目をまん丸くしていた。

DSC_0279-01.jpeg

追伸
テニスユニバースではボルグ、マッケンローの
映画を協賛する事になりましたので、ここは2人に関する話題にしました。
ウィンブルドンの決勝の内容、結果はこれから映画を観る方もいると思いますのでお楽しみに。

TACサンプラザテニススクール 疋田

http://www.tennisuniverse.co.jp/school/nakano/

 

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